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保育園運動会

次男と長女の通う保育園の運動会があった。

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保育園もやはり少子化の影響で、ずいぶんと子どもの数が減ってしまった。
それでも、どういう訳か次男のいる年中さんは、他の年長や年少さんの倍の人数で、クラスも2クラスである。
このまま行けば、小学校も2クラスになると思う。

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次男は、言葉が遅いかわりに運動がよくできる。足も速い。
今年も、余裕の表情で、かけっこは一番であった。


今年は保育園の役をやっているので、いろいろ裏方をお手伝い。
カメラを忘れてしまったので、ケータイでしか撮ることができなかった。。。

保育園のお遊戯室に、私の卒園年度の記念品(鏡)を発見。
よく割られることもなく、30年も利用されているものだ、と感心してしまった。

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by haruhiko_imao | 2005-09-29 04:14 | 子どもたち

我が家の改造(その9)-家のかたちの変化-

上棟式も無事終わり、既存の棟木よりも一段高いところで新しい家の棟木が作られ、その分屋根も大きくなりました。


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今回の改造工事が、思ったよりも大規模になった理由のひとつに、この、屋根のかたちが大きく変わったことが挙げられます。

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さらに、棟ダクトの通る分北側が高くなったり、一部軒を前に出して増築となったりしたため、南側に向いている屋根は改造前に比べてかなり広くなりました。
この広くなった屋根で集熱することとなります。
また、薪ストーブの煙突も取り付けられ、改造後の家のかたちが、だいたい出来上がりました。
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by haruhiko_imao | 2005-09-25 13:46 | 我が家の改造

電車で小旅行

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休みの日、次男がどうしても電車に乗りたい、と言うので、長男と3人で飯田線に乗った。

私は、割と飯田線に乗る方だと思う。
職場で飲み会がある時は、往復約3時間かけて電車通勤する。

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今日は、最寄りの駅から南へ向かい、30分ぐらい乗って、天竜峡まで行ってみた。

飯田線に乗る人って、結構限定されているせいか、こうやって休日に乗ってみても、乗客はどこかで見かけた人が多い。高校生なんかも、電車でよく見かける子が乗っていたりする。

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天竜峡も、昔に比べてずいぶん寂れた観光地という感じである。
でも、橋から見る眺めは圧巻。

今日は、電車に乗ることが目的だったので、20分ぐらいぶらぶらして、帰りの電車に飛び乗った。
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by haruhiko_imao | 2005-09-22 04:16 | 暮らし

我が家の改造(その8)-みるみる姿を変える我が家-

基礎工事が終わると、屋根の瓦が取り除かれ、垂木も一部取り外されたりして、屋根の形がみるみる変わっていきました。


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こうなると本当に骨組みだけの我が家になってしまったという感じで、近所の方からも、「ここまでやるのなら建て替えた方が良かったんじゃない?」とか「これからどうなっちゃうの?」とか言われ、とても心配されました。それでも、南側の屋根の下地や防水シートが張られると、ちょっと安心 という感じになりました。それに、既存の家の屋根は入母屋でしたが、若干その形を残しつつ棟木が高くなり屋根も大きくなったので、だいぶイメージが変わったような気がしました。


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今回の工事は、棟が変わるということで改造工事にもかかわらず上棟式を行うことになりました。と言っても家族、建築家、工務店、棟梁と大工さんでささやかに行われました。

あらかじめ工務店の方から言われたお魚や野菜、果物、お米、御神酒などを用意し、儀式自体はものの数分で終わりになりました。あとの宴は特に行ないませんでしたが、各自の折り詰めやお酒だけは用意しました。


上棟式は当初の工程では11月の下旬の予定でしたが、実際は12月14日に行なわれました。工程表と実際の進み具合を比較すると、若干遅れ気味になっていました。確かに、大工さんの作業を見ていると、ほとんどが現場での加工が必要であったり、既存のものとの取り合いがあったりで、大変だなという感じがよく分かりました。

それでも、日に日に姿を変えていく我が家を見ていると、あともう少しだなという気がして、毎朝出勤前に外から眺めたり写真を撮ったりする日が続きました。
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by haruhiko_imao | 2005-09-21 00:07 | 我が家の改造

小学校運動会今昔

長男の小学校の運動会があった。

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写真左:長男のクラスのかけっこ 
写真右:25年ぐらい前の私のクラスのかけっこ


私も20年ぐらい前まで、同じ小学校の児童であった。
当時と何が変わったかというと、やはり子どもの数。
校舎とか、ほとんど変わらないのに、児童数は20年前の半分くらいになってしまった。

校庭から見る裏山の風景も一変。

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写真左:今
写真右:やはり25年くらい前(町民運動かな?)




松くい虫でアカマツがほとんどなくなってしまった。
昔は裏山でキノコを取ったりしたけど、今はムリだろな。
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by haruhiko_imao | 2005-09-19 12:46 | 子どもたち

南の島番外編-島の民宿-

宝島には4軒の民宿がある。

トカラ列島の各島の民宿については、十島村のホームページ(http://www.tokara.jp/)に連絡先等が掲載されているが、連絡先以外の情報は皆無に等しい。たまにホームページを持っている民宿もあるが、宝島にはそういった民宿はなかった。

今回、「とから荘」というところでお世話になった。4軒ある中で、選択の情報といえば名前ぐらいである。
予約の電話を入れた時、特にこちらの連絡先を聞かれなかった。電話をしている時は、特に気にしなかったが、後になって大丈夫かな、と不安になった。
案の定、島に着いた時も、「台風が近づいてきているから、来ないかと思った。」と驚かれてしまった。島への交通が、天候に左右されやすいフェリーだけであるが故に、予約をとったかとらないかは、それほど気にしてないのかもしれないと思った。(観光パンフレットにはもちろん要予約と書いてある。)

とから荘は、とても快適だった。

民宿のおじさん、おばさんはとても親切だったし、ご飯がとてもおいしかった。
島には、食堂など存在していないから、民宿での宿泊は基本的に1泊3食。夕飯には、おじさんが海で釣ってきたヒラアジとかのお刺身が出された。
息子の分も、大人と同じぐらい出されて、息子もまだそれほど量は食べられないので、残した分は私がいただくことに。5泊して何㎏太ったか。。。
島に行く前に読んだ本では、民宿の食事の悪さが書かれていたが(昼食は毎日カレーとか)、少なくともとから荘ではそのようなことはなかった。

部屋には、何とクーラーが設置されていたし、とても清潔だった。
宿泊者の共同スペース(応接間みたいな部屋)には、テレビがあって、神奈川から来ていたご夫婦とテレビを見たり、島のことを教えてもらったりして過ごした。
この部屋からは、フェリーが到着する前籠漁港から海を見渡すことができ、小宝島や悪石島を見ることができた。

基本的に、どの宿も1泊3食付きで6,000円から7,000円くらい。今回、息子の分はだいぶ安くしてもらってしまった。

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                     民宿から海を見る
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by haruhiko_imao | 2005-09-17 00:59 | トカラへの旅

我が家の改造(その7)-土間コンクリートの打設-

改造工事中は、隣接する長屋の一室(14畳ぐらい)を仮住まいとし、トイレとお風呂だけは改造する母屋のものを使って生活することになりました。
従って、トイレとお風呂周り以外は最初に改造を済ませ、最後に残った部分の工事を行う段取りになりました。

まず最初に、周りの主な壁が取り払われ、床や天井もはがされました。

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e0058338_21505236.jpg主な壁が取り払われ、改造に向けて工事が進む。天井もはがされ、我が家を支えてきたアカマツの梁が現れた。

こうなると我が家も心もとなくなるもので、何だか大変なことになって しまったような気持ちにさえなりました。それでも、天井がはがされたその上には、今までその存在を表に出すことなくこの家を支えてきた アカマツの梁が現れ、今までの我が家から新しい我が家へバトンタッチする象徴のように思えて、少しは心強くさせてくれました。

今回の改造工事は、住みながらの改造ではありませんでしたので、既存の布基礎にプラスして土間コンクリートを打設し蓄熱層とすること になりました。一番最初はポリタンクに水をためて…と思っていましたので、ずいぶんしっかりした基礎になったような気がしました。それでも、この基礎工事は予想外に大変だったようで、11月の半ばまでかかりました。

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基礎工事は予想以上に大変だったようで、工事にも時間がかかった。
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by haruhiko_imao | 2005-09-15 22:02 | 我が家の改造

我が家の改造(その6)-工務店の見積り、着工-

いよいよ設計が終了し、工務店への見積りという段階になりました。
私の住んでいる地域のOM加盟工務店は1社のみでしたが、この工務店が施工した家もすでに何軒か見ていたので、見積りをお願いしました。
今回の工事は改造とはいえ、かなりのところまで手を入れる点や、完成後はほとんど新築と変わらない仕上げになる点、断熱についても、ほとんどゼロのものからある程度の性能まで高めなければならない点などから、ある程度の金額までいくとは覚悟していました。

ところが、 いざ工務店からでてきた見積りの額は、我々の予想したものを上回っていました。

予算の関係もありましたが、全体を考えて節約するものは節約し、譲れないものはそのままでいく、その一方で見積りの中の不備な点は工務店にお願いして直してもらったりして、結局いくらかは下げることができましたが、それでも最終的な金額は最初に我々が予想してい たものよりは上をいっていました。

しかし、同じ価格で既存の家を取り壊して全く同じものを新築することができるかといえば、恐らく無理であることから、コスト的な面では改造工事は有利であると思いましたが、もっとコストを削減するならば、はじめからそれを意識して設計の内容を検討する必要があるかな、とも思いました。

このコストをとるか自分たちの納得のいく内容をとるかは、新築の場合も改造の場合も同じだと思います。いずれにしても、設計内容が決まり、工務店とも契約を交わして20002年の10月下旬に着工の運びとなりました。
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by haruhiko_imao | 2005-09-15 21:46 | 我が家の改造

我が家の改造(その5)-設計が進む-

我が家の改造工事の設計に先立ち、主に以下の点を設計する建築家にお願いした。

1 補助暖房には、ぜひ薪ストーブを採用したい
2 温熱環境としては、特に冬の寒さがこたえるので、これを何とかしたい
3 親子の団らんに重点を置いた家にしたい
4 木、特に地元のスギやヒノキのあたたかさに触れることのできる家にしたい
5 子どもたちのスペースとして、ロフトのような空間が欲しい

このうち、3番目の親子の団らんについては、一番日当たりのいい客間をリビングとキッチンの続きにして、天井は取り払い、既存のアカマツの梁を表しにするなど、開放的な空間とした。

また、4番目の木のあたたかさに触れられる家については、和室以外は基本的に地元のスギのフローリング(厚さ30ミリ)とした。
このスギのフローリングについては、肌触りがやわらかい反面傷が付きやすいことから、小さい子どもがいる我が家ではどうかと思ったが、足へのやさしさや肌触りの気持ちよさには代え難いものがあると感じて、全面的に使うことにした。
また、新設する一部の梁も、同じ 地元のスギにすることにした。

5番目のロフトについては、既存の家は平屋建てで改造後も平屋のままだったので、棟木を一段高くし、ロフトの部分を確保することになった。
従って屋根の形も若干変わることになった。このほかに、いくつかの部屋で広さ確保のために、軒をいくらか前に出して若干の増築とした。
また、日当たりのよくなったキッチンには外との中間のようなスペースを連続させ、畑からの野菜を予洗いしたりする流しや洗濯機を置くこととした。
お風呂については、10年くらい前にリフォームでユニットバスを付けたので、今回は特にいじらないこととした。

設計は2001年の12月くらいから翌年の8月までかかった。本当は春ぐらいに設計が終わり、6月ぐらいから工事が始まれば、寒くなる前に入居できるかなぁと思っていたが、3月に長女が誕生したり、建築家の方でも忙しかったりで、予定よりも時間がかかってしまった。

しかし、今回改造工事の設計で思ったが、今まさに住んでいる家の枠組みがほとんどそのまま新しい家の形になるため、通風や採光についてとてもイメージがしやすく、既存の家に住んでいる時点のああしたい、こうなれば、が、そのまま設計に生かすことができると気づいた。

例えば、夏の風通しについて、今の家の風通しがよいところはそのまま採用し、もっとこの方向からの風を取り入れれば過ごしやすくなるといった点があれば検討するなど、今の生活の状況を新しい家に応用させることができるのではないか。
そう考えると、四季を通して設計を行うことも悪いことではないと思った。
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by haruhiko_imao | 2005-09-14 23:57 | 我が家の改造

我が家の改造(その4)-OMソーラーによる改造を決意-

移り住んだ年の秋、地元の建築家が設計した家の見学会開催の新聞広告が目にとまり、家族で見に行った。
その家はOMソーラーではなかったが、地元のスギやヒノキをふんだんに使った、とても気持ちのよい開放的な家だった。
その建築家はOMソーラーの家の設計も手がける方だったので、ひと月ほど後に、我が家の改造について相談をしたところ、我が家のような築後30年ほどの住宅の再生に積極的に取り組んでいることが判った。

その方の建てる家や、設計の考え方に共感する点が多かったので、設計を依頼するとともに、我が家を見てもらった。
構造的には問題がなさそうなこと、屋根の向きが真南より30度ほど西に寄っているが集熱には支障がなさそうなこと、などから、OMソーラーを導入し、我が家を改造することになった。

2001年の12月のことだった。


ここで、なぜ既存の家を取り壊しOMソーラーの家を新築する道を選ばず、OMソーラーを導入し我が家を改造する道を選んだのか、以下のとおり整理してみた。

◎既存の家は築30年しかたっておらず、全部壊してしまうのはもったいないと思った。
◎我が家が建てられた時期と私が生まれた時期がほとんど同じであり、(寒いとかの)不満はありながらも少なからず家に対する愛着があり、祖父が建てたこの家を住み継ぎたいと考えた。
◎コストの面でも、改造の方が有利だと考えた。

今から考えるといろいろ理由がありそうだが、改造を決めた当時としては、ほとんど新築は頭になかった。

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                      改造前の我が家
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by haruhiko_imao | 2005-09-13 23:28 | 我が家の改造